ナマ野茂を見たい
最初の動機は、アメリカにいるうちに Dodgers の野茂英雄投手を生で見ておきたいということだった。1998年シーズン、メジャー4年目となる野茂は、4月3日に今期初登板して以来、8日、13日ときっちりローテーションを守っていた。次は18日だろう。18日は日曜日、対戦相手は Chicago Cubs。3日の先発の時点で順調ならば Chicago に来るだろうという予想は立てていた。それが現実のものになろうとしている。こんなチャンスは2度とない。Chicago から車で約2時間少しのところに住んでいた私は、すぐさまチケットマスターに電話し、チケットを押さえた。まだ寒い4月の Chicago、まだ Sosa のホームランが話題になる前のことであり、スタンドの上の方であったがバックネット裏の席が取れた。
ナマ野茂の印象
早めに Cubs の本拠地 Wrigley Field についた。スタンドへ入ってまず自分の席を確認した。そこからグランドへ目をやるとちょうど Dodgers が練習をしていた。1塁側ブルペンでは(注:Wrigley Field はホームチームが3塁側である)誰か投球練習をしている。ブルペン横まで急いだ。背番号は16。「野茂だ!」つい口に出してしまった。
近鉄時代の野茂投手も生では見たことがなかった。TVだけの存在が初めて目の前に現れた瞬間だ。写真を撮ろうと思ったが、投球練習中であり、動きが早くなかなかいいアングルにならない。同じことを考えている日本人も大勢いて場所の確保も難しい。客席案内係のおばちゃんも「はやく自分の席へもどれ」とうるさい。
何枚かその姿をフィルムに収めたが、後で現像してみると、いい写真がほとんどなかった。あんまりいいカメラでなかったこともあり、早い動きについていけず、ピンぼけの写真も多かった。しかし、あのトルネードをほんの数メートル先で見ることができた。念願が叶い感激である。
そのときの野茂投手に対する印象は「意外に小さいなぁ」であった。キャッチャーの Mike Piazza もキャッチボールしていたが、さすがにでかい。そんなのと比べたら180cmを越える野茂投手でも小さく見えてしまう。そんな「小さな」体で堂々とメジャーでやっていける。ナショナルリーグの新人王にもなった。3年連続で10勝以上挙げている偉大な日本人投手。
野茂投手は、そこそこの早さのボールは投げていた。メジャーリーガー達をきりきり舞いさせているフォークボールも試したのだろうか。写真を撮ることに夢中で気がつかなかった。投球練習後、ブルペンからダグアウトへ引き上げる野茂投手を明らかにそれとわかる日本人メディア達が取り囲んだ。野茂投手はいつものポーカーフェース。いつもの取材攻撃にうんざりしているのだろう。少し元気がないように感じた。試合前くらい静かにしてやったらどうだろうか。
注目の投球
試合が始まった。先攻の Dodgers が無得点に終わった後の Cubs の攻撃、野茂投手の投球に注目した。しかし、散々な内容であった。先頭の Brown を歩かせたあと、すぐに盗塁を許した。Morandini が3塁へバントヒットで出塁し、続く Sosa にも四球といきなりノーアウト満塁のピンチを迎えた。制球の悪さはむしろトレードマーク。しかし、いつも以上にボールが決まらなく苦しんでいるのが見て取れた。さらに 4番 Grace、5番 Rodriguez、6番 Blauser に3連続で押しだしの四球。Cubs ベンチは、野茂投手の決め球フォークボールをボールになると見逃していた。バッターは全く振ってくれない。Cubs の作戦勝ちだ。
ここで続く Houston をキャッチャーへのファウルフライ、Servais をライトフライに仕留め、次はピッチャーの Kerry Wood 、荒れ球ながらも3失点で初回を終えるかと、たぶん Cubs ベンチも含めて思ったことであろう。しかし、その Wood にセンター前タイムリーヒットが飛びだした。さすがに気落ちしたのだろう。打者一巡して1番 Brown に右中間へ打たれてついにピッチャー交代となった。替わった Dreifort も打たれ、結局この回8失点と、試合開始早々に試合は決まった。
投球練習中の野茂投手が小さく見えたのは、調子自体が悪かったこともあるかもしれないと思った。野茂投手は、2/3回45球を投げ、被安打3、与四球5、奪三振0、失点7、自責点8と過去最悪の結果、自己最短イニングノックアウトでマウンドを降りた。投じたストライクは45球中たったの23球だった。この後ぞろぞろと日本人たちが Wrigley Field へ野茂を見に来ていたようだがもう遅い。野茂投手は、試合ははじめから見なさいという教訓を示してくれたのだろう。
剛速球 Kerry Wood
さて、この日 Wrigley Field に来た動機が野茂投手を見ようというものだっただけに、すっかり忘れていたが、Cubs の先発はルーキー Kerry Wood だった。メジャーデビュー戦は惜しくも敗戦投手になったが、今日がメジャー2戦目、しかも、ホームの Wrigley Field 初見参ということで、Cubs ファンは大いに盛り上がっていた。
Kerry Wood については、地元TV局でも以前から取り上げていたし、注目はしていた。この日、Kerry Wood の投球を間近に見て、なぜ世間が騒いでいるのかよく理解できた。まず、ストレートがすごく早い。Wood の体格は、肩幅が広く、上半身ががっちりしている割に、腰から下が細い(実際はがっちりしているが、上半身がそれ以上にがっちりしているのでそう見えてしまう)という良くあるごついアメリカ人タイプの体をしている。その体をいっぱいに使って投げおろすストレートは、まさに剛速球であった。速く見えるのではなく本当に速かった。後で知ったことだが、スピードガンは150km/h後半を示したとのことだ。野茂投手は、日本では剛速球投手と言われていたが、メジャーでは平均的な投手である。時速にしてたった10kmの違いではあるが、それが見た目に全然違うことがよくわかった。
また、Wood のカーブがすばらしい。十分なブレーキがかかって、思いっきり曲がる。投球フォームがストレートと違うので、カーブを投げると気づくのだが、ストレートとのスピードの違いは歴然で、打者はそうとう手こずるだろう。ホームプレート後方で観戦していたから、カーブの曲がりをよく観察できた。
また、鋭いスライダーも持っている。いや、持っているというより、これが Wood の武器だ。シロウトの見た目にはストレートとほとんど変わらないスピードで投げおろされ、カーブと同じくらい曲がる。これは打てないと思った。前回のメジャーデビュー戦はTVで見ただけであったから、そのすごさに気づかなかったが、この日のピッチングを見て、一目でまだ20歳のルーキーのファンになってしまった。
Wood は、大量リードをバックに5回でお役ご免。5回を投げ、被安打4、与四球3、奪三振7、自責点0という内容で、メジャー初勝利を挙げた。この日に知る由もないことだが、3週間後には、ナショナルリーグ新記録、そして、メジャータイ記録となる1試合20奪三振を奪う1安打完封勝利を挙げ、1998年シーズンのナショナルリーグ新人王に輝く Kerry Wood のメジャー初勝利の瞬間を生で見ることができて、本当に幸せである。Wood のメジャー初安打、初打点を見ることができたというおまけまで付いた。
Cubs Win !
試合の方は、Cubs 打線は初回の大量得点の後は、Dreifort に1安打に押さえられ、その後も Bruske から1安打するのが精一杯であった。Dodgers も Wood の後に投げた Pisciotta に3回を無安打に押さえられ、9回表にようやく Adams から Hubbard がソロホームランを放って1点を挙げるのがようやっとの状態であった。1回の攻撃だけで30分以上かかったのが、結局は、試合時間2時間37分。8-1 の Cubs 勝利のうちにあっという間に試合は終わってしまった。
野茂投手の投球にはがっかりしたが、これもまたベースボール。野茂投手のメジャーデビュー後の最も悪い投球という珍しい場面に遭遇したということで良しとしよう。それに、今後数々の伝説を作って行くであろう Kerry Wood のホームデビュー戦、メジャー初勝利を見ることができ本当に良かった。それを見た 34,652人のうちの1人になれたのは、メジャーリーグベースボールファンとしてこの上ない幸せだ。
まだまだ肌寒い Chicago ながらも、明るい太陽の下、総天然芝のフィールド、外野フェンスは名物の蔦で覆われた古き良き Wrigley Field でベースボール観戦ができたことは、何よりうれしいことである。これまた名物、球場の外にあるマンションの屋上にいすを並べ、試合観戦している人たちが本当にいることがわかったのもまた良かった。
満足しながら、球場の外へ足を運んで後ろを振り返ると、来たときは「Welcome!」と私たちを歓迎してくれた Wrigley Field の名物電光掲示板が、「Cubs Win !!!」と雄叫びを挙げていた。
[Copyright 1998-2000 Katsura Endo]
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